私はこうします と考えること
さえすけ父です
一つ前の記事のことを嫁さんから聞いたとき、ずっと引っかかっていたものが取れた気がしました。
「自分ができることを一生懸命する」
こんな台詞が 僕の歩く道 であったと思います。
結局これなんだと思いました。
世の中には足の不自由な人、世の中のルールや相手の立場にたって考えることが苦手な人・・・いやな言い方ですが、人より【できない事】がある人がいて自分はそういったことはないと思うとき、ほんとうにそうなのかを考えてみましょう。
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水が飲みたくなったら蛇口をひねる
コーヒーならガスコンロで湯を沸かす
いっしょにチョコが食べたいのなら買ってくる
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これらはあたりまえに【できる事】ですが、自分ひとりでは【できない事】です。
水道局、ガス会社、チョコの原料を作る農家の人、それを運ぶ人・・・
それぞれの人が「自分ができることを一生懸命する」から【できる事】なのです。
いろんな人がいて今の自分がある。自分はしてもらう側だけの人間ではなくて、する側の人間でもある。
なら「自分はなにをするのだろう」と考え、「自分はこうしよう」と決めることが大事なんだと気づきました。
どんなことでもいいのです。考えてみましょう。
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この記事を嫁さんが読んで「ようわからん」と言われてしまいました(^^ゞ
自分がなりたい人って何なのか、その中にハンディのある人にどう接するかということが含まれるのだと思うのです。
まだ、消化不良です。ずっと考えていき、もっとわかりやすく説明できるようになります。
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