wiiでインターネット
ばぁちゃんがインターネットに挑戦すると言うので、wiiをつなぎました。
思ってたよりちゃんと使えます。
進化してますね(^^)
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ばぁちゃんがインターネットに挑戦すると言うので、wiiをつなぎました。
思ってたよりちゃんと使えます。
進化してますね(^^)
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さえすけ父 DS見ながら料理に挑戦します
いつもさえすけ母がご飯を作ってくれますが、おやじだって少しはできるようになりたい!
←DS見ながら作りました。
簡単にできるものも載っていて、けっこういけそうです。 今日はキャベツを豚肉で巻いて揚げました。味噌汁はさえすけ姉が作ってくれました![]()
おやじだって少しずつできることを増やしていこうと思うのでした。
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久し振りです。
2007年 たくさん働きました。
入社してもうすぐ丸20年 アルミダイカスト型設計一筋・・・これしかできません(^^)
ここ数年は非正規雇用の人が増えました。
仕方ないことですが、
※教えてはチェックして、ぎりぎりのスケジュールなので
間違いは自分で直して、のくり返しです。
1年すると新しい人に変わり、上記※印の繰り返し
【非正規雇用】 私はこの制度がきらいです。
安い人件費で利益出ていると思っていても、貯金(古くからいる正規社員)があるからやっていけるだけです。人は年をとるわけですからこのままでは・・・。
今年たくさんの仕事をし、また経験値が上がりました。
でもちょっと後ろめたい気持ちです。
この経験は若い人たちにしてもらい、そこで僕らのもっている知識・技能を伝えていくべきなのに。
2008年は2007年のくり返しにならないようにしたいな。
正月は時間があるから最近のさえすけのことを書きます。
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昨日父親部の合宿に行ってきました。
つぼみの会父親部の発足前からこれまで、周りのお父さんたちに引っ張ってもらいこれまでやってこれました。いつも書いていることですが、さえすけのおかげでいい人たちとめぐり会い、いい人生を生きてるなぁと思います。
昨年から父親部での自分について考えてきました。自分のやりたいことは何なのか、それはやはり 【さえすけが幸せに生きること】 です。それは自閉症の人たちが幸せに生きることができるようになっていることだと思います。そのために何をするのか、父親部を離れて考えてみることにしました。矛盾しているようですが、父親部でないからできることもあると思っています。
父親部を離れる私をみんな快く送り出してくれました。本当にいい人たちばかりなんです。
みなさんどうもありがとうございました。これからは違う形でみなさんと活動していきますので、これからもよろしくお願いします。
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4年間たいへんお世話になった つぼみの会父親部 を今年いっぱいで退部することにしました。ここでとても多くのことを体験し、学びました。これからの人にもぜひ体験してほしいと思います。
退部して何をするかは模索中です。さえすけが社会の中で生きていく力をつけるためにすべきことを。
会社で私がすべきことも見えてきました。
新しいことを始めるのはもうひとつ。このblogはさえすけ一家全員で更新していくことにしました。そこで、blogのタイトルを新しくします。
「あおいそら しろいくも」 去年さえすけがよく口にしていました。
これはさえすけ一家が大好きな沖縄の海やスキー場を思わせてくれます。ということでこのタイトルに決めました。
これからもよろしくお願いします。
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今日、つぼみの会の父親会を行いました。
たくさんのお父さんたちに来ていただきました。
たくさんお話がでいました。
とてもいい時間をすごせました。
けど、時間をオーバーして待っている家族に迷惑をかけました。家族への配慮は0点でした。
父親会のすぐあとにさえすけ姉のピアノ発表会だったのですが、会が終わると時間がなくなり焦りはじめ、ふーぱぱさんのさんしんのCDと楽譜のプレゼントもそっけない対応になってしまい、あとから反省しました。ふーぱぱさん、ごめんなさい、さえすけ姉が喜んでいます。
そして発表会にはあと2分で遅れるところでした。もし遅れていたら、「さえすけのことばっかり」と怒られていたでしょう。
いろんな人の支援を受けて今の私があるのですが、それに甘えて迷惑をかけているのだとしたら・・・。
よく考えてみます。
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わたしは人の話し方でいいなと思うものを、ついまねして使ってしまうことがあります。
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宮古島でさえすけのために大きな浮き袋を借りようとしたとき、値段が1,000円としかなくて、大きいのも同じなの?と思いながら
「この大きさのも1,000円なんですかぁ?(語尾上げ)」
と聞きました。自分で言ってて 「あっ、今の諏訪先生みたいだった」と一人で笑ってしまいました。
わたしが初めて自閉症のセミナ-を聞いたのは、諏訪先生の4回連続セミナ-でした。平日開催だったので、毎月有休とって行きました。最初に自閉症のことを教えてもらったのが諏訪先生だったなんて、なんて運の良いめぐり合わせなんだろうと思います。そのおかげで自閉症の子も適切な接し方をすれば成長していくのだということを。早くから思えるようになりました。
諏訪先生には本当に感謝しています。
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遅ればせながら、映画「ぼくはうみがみたくなりました」の制作費カンパをしました。
先日NHKの取材の場でレインボ-おやじさんと会い、
なくなられたお子さんのこと、
映画の完成はお子さんと一緒に見るつもりだったこと、
そして今は何のために映画を作るのかわからなくなってしまったこと、
今言えるとしたら自閉症への恩返しなんだと思うこと、
・・・たくさんお話を聞くことができました。
そして私は何も言えませんでした。
この本を読んで私が思ったことは・・・。 映画が公開されたら書こうと思います。
映画のことやレインボ-おやじさんのblogは
映画「ぼくはうみがみたくなりました」制作実行委員会のHPを見てください。
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基本的に更新の少ないblogですが、一ヶ月放置したのははじめてです。
2ヶ月前、仕事のしくみを変えざるを得ない出来事があり、それから毎日仕事にどっぷりとはまっていました。また風邪をひいたり治ったりという日々も続きました。
いつのころからか過負荷に対して自然と(?)ブレーキをかける性格で、今回もそうしていました。
他人からは「そんだけの負荷で?」と思われることがあるかもしれません。
でも、これからも自分の耐力を過信しないで、セーブすべき時はセーブするようにしていきますね。
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言い訳ですが、家に帰るとすぐに眠れてしまいます。
というのは、異動した職場の構造化を誰に言われるわけでもなく実行中で、そしてその構造化の有効性をうまく言えない私なので、「実際にやってみせてやる!」と孤軍奮闘中なのです。
GW前までには軌道にのせます
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今年の1月、17年お世話になった職場を離れました。
環境の変化はエネルギーを使います。家でパソコン開く気になれません^^;
勤務地は近くなったのですが、残業が増えたので帰りが遅くなりました。さえすけに忘れられそうです。さえすけ母は給料明細を見るときの笑顔が増えそう???
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会社で自分の担当している分野がここ数年で拡大してきました。
以前は残業すればひとりでやり切れるぐらいの仕事量だったので、人員を増やさず自分が頑張ることが会社に貢献することと思っていました。
仕事量が3倍になりました。
1人から4人になりました。
人が4倍になればOUTPUTも4倍に・・・はなかなかなりません。
やったこのとないことをするわけですからすぐにできるわけないです。ひとつひとつ根気よく教えています。
自分のことだけしていればよかったころに比べて、人の仕事のこともチェックしている今は正直しんどいです。でも彼らが育つまでのことと思い頑張っています。
先日、仕事中にふと消しゴムをみたら消す方の反対側にひらがなで私の名前が書いてありました。娘が書いたようで、書ききれなくなった最後の文字が小さくなっています。
少し見入って、じーんときました。
家族のおかげで頑張れているかな。
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今日の明け方に気持ちが悪くて目が覚めました。胃が・・・。
昨日、さえすけの通う小学校で、今後のこと(特に夏休みのすごし方)を話す機会をいただきました。さえすけがどんな力を身につけていくべきか、建設的な話し合いが続きました。特に教育委員会の先生がすごく勉強されていて「すごい先生がいるなぁ」と感心しました。
でも最後の校長先生の言葉が、、、ガタイはでかいが気は小さいおやじにじわじわきいてきました。いい人だとは思います。真剣に「障害のある子は養護学校にいくことが一番幸せ」と思っているようです。
たしかにそういう場合もあると思います。でも私たちはここを選んだのです。ここでの最良を考えてほしいのに・・・。
帰りに嫁さんと歩きながら、
おやじ : 「校長先生はあれだ、鰯の天敵」
嫁 : 「何それ?」
おやじ : 「捕まえた鰯の水槽に天敵のハマチを入れとくと、緊張で長生きするんだよ。テレビで言ってた」
嫁 : 「なんじゃそれ(笑)」
嫁さんは「ちっともわかっとらん!」とエネルギーを発散し元気に職場へ、弱いおやじはお休みをいただきました(^^ゞ 鰯を見習わないと(^.^)
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現在40のおやじが中学生のころからよく聞いていた「オフコース」
なかでもやっぱり小田さんの声が好きです。
昨日、小田さんの新しいCDを買ってきて家で聞いていると、さえすけがお絵かきの手をとめて聞き入ってました。
←なかでもこの曲が気に入ったようです。「わすれないで」と口ずさんでいます (^^)
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5月になって仕事量、内容ともに激変しました。
もういい年なので、若い衆を育てる立場です。
で、自分は教えるだけかというとそうではなく、組織力を上げるための仕事につくことに・・・。
自分でやるのが楽だなぁと思いつつ 『生涯勉強!』 と、つまずきながらも乗り越えていこうと思います。
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今日はさえすけの遠足について行きました。(安全重視で念のためです)
雨かなと心配しましたが、起きてみるときれいに晴れていました。お姉ちゃんと3人で登校しました。教室に着くと、すぐに集合とのこと。先生といっしょに出発しました。
電車に乗り、市内の公園まで歩きます
←大きな学校で、5クラスもあるんです。友だちたくさんいるね。
公園の動物を見たり、遊具で遊んだりしました。その後は、やっぱりお絵かきです(^^)
「今日はいっしょに来て良かったなぁ」と思うことがありました。保育園の交流保育でさえすけのことを知っている子でしょうか? 時々さえすけのところに来てくれました。なんだかうれしかったです。
遠足といえばお弁当ですよね。
←先生から「大きいね~(#^.^#)」と言われたお弁当を完食したさえすけです
お弁当の後もたくさん遊んで、とても楽しい遠足でした。
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こころさんがアートスクエアの開所式で、風船の犬やクマ、花などを作るのを見ました。私は『これもらったら子どもたち喜ぶだろうな、つくしまつりに来る子どもたちにプレゼントできたらいいなぁ』と思いました。
そしてつくしまつり当日、園長先生の知り合いの方(?)が作ってくれて、また、こころさん、うっちーさんも快く引き受けてくれて、100個以上の風船を子どもたちに用意できました。みなさん、おつかれさまでした。
子どもたち、喜んでましたね(^^)
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この風船、バルーンアートというようです。見よう見まねで作ってみました。
↑左がこころさんかうっちーさんの、右が私が作ったものです。空気が多くても少なくてもだめで、適量でもパーツの配分がむずかしいです。これ、おもしろいです。もっとうまくなりたいと思わせますね。(はまりそう)
作り方教室とか、ないかなぁ
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最近、さえすけが単語や二語文で要求をしてくるようになりました。それがうれしいので、「なんでも来い!」と気合いを入れて望みます。
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さえすけ母のお母さんやお姉さんから、このblogを見ているとメールをもらいました。とてもうれしかったです。
お二人ともメールのなかで、さえすけ姉のことも大事にとありました。ほんとうにそうです。気をつけねばと思いました。
お母さんやお姉さん、お父さん、妹さんにはいつも温かく接していただいています。
ありがとうございます。
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2003年3月15日 つぼみの会(自閉症協会愛知県支部)に父親部が誕生しました。
とっても不思議な体験でした。父親部キックオフ会に自分がいる・・・それもスタッフとして。
きっかけはめめさんのメールでした。そこには『つぼみの会に入ったらすぐに「つぼみパパML」に登録してみてください。熱く燃える父親たちがすんごい情報量を流してくれます。H町のおとうさんがすごくがんばっていますよ』と書いてありました。【そんなおやじがいるの?】 がそのときの私の感想で、”そんな人たちがいるなら会ってみたいな”とさっそくMLに登録することを決めました。
でも自己紹介のMLの送信ボタンがなかなか押せず(勇気がいるんですよね。初心者は)2日たってようやく送信。そしたらH町のお父さんから、『今度の父親会に参加しませんか?』とお誘いの返事。はやくもチャンス到来です。それも3日後に・・・。「おー、こんなにはやく来るとは、こっ、こころの準備がぁ」と、いい年こいてなんですが、正直ビビリました。「どんなすごいおやじたちなんだろう?」って。そんな小心者のおやじに力を出させてくれるのはやっぱり家族の存在です。頼りないおやじにはなりたくないとばかりに父親会に出席、そしたら、そこにいた人たちは”特別ではない”ふつうのおとうさんたちでした。
めめさんのときもそうだったけど、一生懸命な姿が”特別”に見えたりすることがあります。でもよく考えてみると、みんな子どもの幸せを願うふつうの親なんですよね。それがわかったので、それなら自分にもできるはずって、そう思えました。仲間を探して、そして仲間に出会えて良かった!
”縁”という言葉がありますが、まさに、さえすけが導いてくれた縁です。たくさんの仲間ができました。きっとこれからも増えていくと思います。
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いつだったか、ある先輩父さんが言ったことで、私もそうだなと思う言葉があります。
「この子はたくさんの人に会わせてくれる。そして会う人はみんないい人たちばっかりだ。この子に本当に感謝している」 ほんと、さえすけありがとう。
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さえすけは通園施設に通うことになりました。おやじは相変わらず仕事漬けで夜中に帰ってきては自閉症サイト巡り。このころはよくniftyフォーラムを見ていて、そこに出ている人はすごいなぁ、なんて思いながら読んでました。
ある日のこと、嫁さんから「園に通う子のおかあさんがどうもniftyフォーラムに出ている人なんだって」と聞いて、私は、えー、うそ、ほんとに、とまるで芸能人が近くにいたかのようなリアクション。まさかこんなに身近な人だとは。そしてふつうのおかあさん。なにかしなくちゃと思いながらも、いろいろ自分に言い訳しながら、結局なんにもしてこなかった自分が情けなくなりました。
そのおかあさんは、このblogのリンクにある「きらきら ぐるぐる」blogのめめさん。めめさんに出会えて、その後の自分の人生変わりました。大げさですが(^^)。 自閉症のこともblogのことも、とても参考にさせてもらっています。
それからめめさんには地元の親の会「わっしょい」にさそってもらい、さえすけだけでなく家族全員が月一回楽しい日曜日を過ごしています。わっしょいは障害児本人だけでなく、きょうだい児、さらにはおやじたちも楽しく参加している親の会です。「わっしょい」のことはこのblogで紹介していこうと思います。
てなわけで、あれあれー、という間に仲間の輪に入ることができました。おかあさんたちってすぐ話会えるんですよね。母たちのネットワークに感謝です。おやじたちにはなかなか真似できません。
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毎日インターネットで自閉症関連のサイトを見ていて、ダダ父通信にたどりついた時は、それこそ画面にかじりついて何度も何度も読み返して記憶しました。とにかく【知らない】状態から抜け出したかったんだと思います。
講演会というものにも参加しました。諏訪利明さんの講演会。具体的でわかりやすい内容で、周りが自閉症の人に適した対応をすれば、本人は安心して幸せに暮らせるんだということを、しっくりと理解できた気がしました。不安に思っている「自立」についても諏訪さんは、 『完全に自立をしている人はほとんどいません。そんな生活をしようと思えば、魚を食べたくなったら釣りに行き、ご飯が食べたくなれば田植えからはじめなくてはなりません。みんな生きていくのに必要な支援を受けて自立しています。自閉症の人たちも必要な支援があれば自立できるのです』と話され、なるほどぉと、簡単ではないけどそうなるといいなと思いましたた。行ってよかった。
ほかに講演会に行ってみて思ったこと、それはおやじの少ないこと!2%ぐらいかな。平日の講演会だったので、そのころは「当たり前か、おやじは来れないよな」と思っていたけど、今は、平日だろうがおやじも参加すればいいのにと思います。”自分から聞きに行った”ってことだけでも、なんか自分がちょっと前進したような気になれたので。
その講演会には娘と同じ通園施設に通う子のおかあさんたちがいて、ちょっとうらやましかった。そのときちらっと「おやじの仲間」を想像したけど、無理だよな~、無理無理ってすぐ考えるのをやめました。
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さえすけは1998年7月9日我が家の二女として生まれた。生まれた日のことは忘れられません。
予定日を2日過ぎていたので、その日はもうそろそろ生まれるかなと思いながら出勤。そして昼過ぎに生まれそうとの連絡。たまたま実家にきていた妹が嫁さんを連れて行ってくれたと聞き、私は産婦人科に直行。長女のときはいろいろあって立ち会えなかったけど、今回は立ち会えるというので、緊張しながら部屋に入りました。3時間ほどたち、さえすけは生まれました。
ようやく会えた赤ちゃんに感激したのはもちろん、こんなすごいことをやってのける嫁さんに感謝。女の人はすごい!男にはできません(当然だ)
部屋を出て気がつくと、服が血だらけになっていました。点滴したまま嫁さんがつかんできた時ついたみたい。でもお産に立ち会ったばかりの私は、そんなことは小さなことと思えて、そのまま隣の眼鏡屋に、奥さんのコンタクト用品を買いに行ってしまいました。(だってしょうがない) 周りにいた人は驚いたことでしょうね。きっと。
さえすけが生まれたころは仕事で毎日午前様状態が続いていて、さえすけのことは嫁さんに任せっきりになっていた。今思うと信じられないが、いわゆる会社人間だったかもしれない(同僚は否定するかもしれないけど)
ていうのは言い訳で、実はあんまりこの頃のことを覚えていない。自慢じゃないが、記憶力はよくない。覚えているのは、なかなか立つことができなくて「どうしてなんだろう、もしかしたら歩けない???」と心配していたことや、目が合わない、こちらを向いていてもまるで私を透かして見ているような視線に、ちょっと変わってるかなと思ったことなど。
でも結局歩けるようにもなって、自分に言い聞かせるように、「大丈夫、大丈夫」って言ってたなぁ。
そして、さえすけ一歳半の頃、嫁さんから自閉症かもしれないと打ち明けられた。私の反応は、「自閉症って何?」だった。ほんとになんにも知らなかった。
で、毎夜インターネットで「自閉症」を検索。そしたら泣けてきた。なんでかなぁ、今思えば、自閉症の人の幸せな暮らしっていうのがイメージできなかったためだと思う。
自閉症でないことを祈った。
当時の私は現実を直視するのを避けていて、そして恥ずかしながら自閉症についての正しい知識など持ち合わせていなかった。
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